Zero-Alpha/永澤 護のブログ

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築地



2004.7
「ネオリベラリズム」と「福祉ミックス論」の射程
 ーー「非営利組織(NPO)」をキーエージェントとした多様な民間諸主体の
    システム化=ネットワーク化

1.はじめに――「福祉ミックス論」登場の歴史文脈
 わが国において、1980年代以降、行政関与型の第三セクター(福祉公社等)、市民型・当事者型互助組織、生活協同組合等の協同組合、ホームヘルプを主要なサービスとする福祉産業などの多様な福祉提供組織が登場することとなった。これら多様な提供組織は、1.民間福祉セクターとしての行政関与型提供組織、2.市民組織型提供組織、3.インフォーマルセクターとしての近隣支援型活動組織、4.市場原理型提供組織といった主体に分けられる。このような福祉サービスの提供主体の多様化を加速させたものとして、2000年の介護保険制度の施行という事態が挙げられる。介護保険においては、具体的な福祉サービスの提供が原則として国や都道府県、市町村といった行政の外部へと委ねられる。近い将来において、高齢者福祉と障害者福祉が、多様な事業主体を参入させる「利用・契約制度」という同一の枠組みにおいて「統合」されることが見込まれている。このようなマクロレベルの政策的潮流において、福祉サービスの提供組織の多様化・多元化が一層進行することは言うまでもないが、さらにこれら多元的主体をどのようにシステム化またはネットワーク化すればよいのかという、より根源的なテーマが浮上してくることになる。「福祉ミックス論」とは、こうした福祉国家の再編というグローバルレベルの社会的必然性を背景にしたものである。
 以下の論では、上記マクロレベルの潮流の核を「新自由主義(以下「ネオリベラリズム」とする)」として捉えた上で、「福祉ミックス(論)」のあり方をこの「ネオリベラリズム」との関わりにおいてテーマ化する。
 1970年代の「石油ショック」以降、わが国を始めとする先進国において、「ポスト経済成長期」に適応した福祉国家のあり方が模索されるようになった。言い換えれば、大量生産・大量消費という「フォーディズム」の時代は終焉し、「高度資本主義段階=ポストフォーディズム」の時代に対応する「ポスト福祉国家」のあり方が「ネオリベラリズム」という潮流を背景に模索されるようになった。特に1980年代以降、既存の「福祉国家」及びその理念に対して、肥大化した公共福祉提供組織が国家財政の足枷となっており、サービスの費用対効果の低下・(超)高齢社会への適応阻害をもたらしている等の批判がなされた。
 このような状況のもとで、政府による市場への介入を最小限にとどめ、市場自身の自律性を阻害することなく可能な限り公的セクターの「民営化」を図るという政策が、イギリスのサッチャー政権を始めとする先進国政府によって採用されるようになった。この政策的潮流を今日まで継続する「ネオリベラリズム」の言語に翻訳するなら、「政府からの支出は可能な限り抑制するとともに、多様な民間諸主体の「自己責任=選択の自由」において、その専門性=質を向上させることによって諸問題に対応する」というものになろう。介護保険を主軸とするわが国の「社会福祉基礎構造改革」も、このような理念をその土台にしていると考えられる。
2.「福祉ミックス論」と「ネオリベラリズム」の相関的位置づけ
 本論では、上記の「政府からの支出は可能な限り抑制するとともに、多様な民間諸主体の「自己責任=選択の自由」において、その専門性=質を向上させることによって諸問題に対応する」という理念を「ネオリベラリズム」の基本理念として位置づけた。上述のように、この理念は、介護保険制度を基盤としながら「在宅福祉」を支援する福祉専門職の専門性を強化することを基本とするわが国の福祉政策の基本理念であるともいえる。しかし、上記理念においては、多様な民間諸主体がどのように「システム化=ネットワーク化」されるべきなのかという問題に対する具体的な解答は含まれていない。この問題に対する「自己責任=選択の自由」という「ネオリベラリズム」の「汎用的な解答」は、グローバル資本主義市場の(「社会的公正」という観点から見た致命的な「事故」または「失敗」を含む)自律性を前提とするものであり、単なる「福祉国家解体論」へもリンクし得る。このような展望のもとで、グローバル資本主義化自体を否定し得ない状況において、行政レベル・市場レベル・非営利組織(NPO)を始めとする「第三の民間レベル」相互を「最適にミックス」させることによって問題状況に対応しようとする「福祉ミックス論」が重視されることになる。だが、この「福祉ミックス論」の問題解決能力の鍵は、「(最適)ミックス」というコンセプトの具体的内実をどこまで実践的に実現可能なレベルで明確にできるかという点にある。
本論は、「福祉ミックス(論)」を、「非営利組織(NPO)」をキーエージェントとした多様な民間諸主体の「システム化=ネットワーク化」という視点で論じる。しかし、NPOという事例に関しては現在きわめて様々な実践が行われており、上記「システム化=ネットワーク化」という問題設定に対して体系的な解を提示することはまだ可能ではないと考える。従って、以下の論は、この解を導出するための問題提起を含めた予備的作業になる。
3.「非営利組織(NPO)」をキーエージェントとした多様な民間諸主体のシステム化=ネットワーク化について
 以下においては、上記「福祉ミックス(システム化=ネットワーク化)」の枠組みにおいて「非営利組織NPO」がキーエージェントとなる社会的要因を提示する。
 京極高宣がいう「社会的市場」は、「福祉ミックス(システム化=ネットワーク化)」が機能するための条件として位置づけることができるが、同時に、この「福祉ミックス(システム化=ネットワーク化)」の成立という社会的過程それ自体として捉えることもできる。その意味で、これら両者は不可分な概念であるが、京極はこの「社会的市場」を、「社会保障の機能のひとつが経済的市場以外の資源によって給付の配分を行い、もし、社会が経済市場のみに依存していたら起りえない資源配分をもたらす」ものとしている。(注1) その上で、「ここで注意を払いたいことは、民営化は商業化を含むとしても、非営利団体によっても行われることである(---)それによって非営利部門における国家的役割が減退しても、民間活力がより発揮され、サービス提供体制が多様化され、国民にとって選択肢が増加し、サービス競争が良い意味で活性化するとしたら、今日的意義があるも」と述べている。すなわち、ここで「社会的市場」のキーエージェントとして位置づけられた「非営利組織NPO」は、同時に「福祉ミックス(システム化=ネットワーク化)」という社会的過程が機能するためのキーエージェントとして位置づけられる。
 このような考え方は、岩井克人による「法人化されたNPO(NPO法人)」の位置づけにも見られる。岩井によれば、NPO法人は、「「小さな政府」への動き」、「社会の専門化」の急激な進行、「金融革命」という社会的条件のもとで、「ポスト産業資本主義の時代においてますます大きな役割を占めるようになる」。(注3) 特に、「ネオリベラリズム」(より広くは高度グローバル資本主義)の核心に位置する「社会の高度専門化」の過程においては、「組織の提供するサービスの質が信頼に足るものであることを保証するものとして、多くの場合、NPOという組織形態が選ばれることになる」とされる。(注4)
また、「公共経済学」的観点からもNPO法人を始めとする第三の非営利民間レベルをキーエージェントとした行政レベル・市場レベルとの「福祉ミックス(システム化=ネットワーク化)」を評価することができる。この点に関して、稲葉振一郎は、「不況局面においては、「平等」をそれ自体目的として追求して競争をやめ、既得権益に固執して「抵抗」したほうが、むしろ経済の効率を上げ、公益にかなうということがありうる(---)こうした「抵抗」はスミス=ワルラス主義が考えるのとは異なり、国家権力に必ずしも頼ることなく、草の根のボトムアップからも(---)なされうることになる(---)言い換えるなら、ローカルな抵抗がローカルな「共同性」のみならず、外なる「公共性」へとつながることが、ここでは可能なのだ」と述べている。(注5)
以上で、「非営利組織(NPO)」をキーエージェントとした「福祉ミックス(システム化=ネットワーク化)」を正当化するための予備的な作業がなされたと考える。そこで最後に、今後も継続すると思われる「ネオリベラリズム」のグローバルな潮流のもとで「福祉ミックス(システム化=ネットワーク化)」がはらむ問題を抽出してみたい。
 わが国においては、精神障害者・児童の知的・身体障害者を含めた障害者福祉と介護保険との「統合」が、具体的な政策日程としてほぼ決定しつつある。これまでの歴史において、介護保険制度という一元的な枠組みの外部で、上記NPO法人によって自立的な介助ネットワークが「介助サービスのシステム化=ネットワーク化」という形で構築されてきている。この歴史的な達成をあくまで維持しつつさらに活性化していこうという当事者たちの志向性を、今後どのように制度的・政策的に位置づけていくのかという課題が浮上している。当事者団体による自立的な介助ネットワークと、介護保険制度の枠組みが対立関係に陥ることなく柔軟なネットワークを組むことが制度的に保障されるべきである。このネットワークは、「非営利組織=NPO」をキーエージェントとした「福祉ミックス(システム化=ネットワーク化)」を構築するための不可欠の土台として位置づけられる。
なお、先の岩井の論にも見られたように、本論においては、NPOの「法人化」という条件を重視する。言い換えれば、法人化されていないNGO等を主体としたボランティアによる「参加型福祉社会」に対しては批判的な立場を取る。例えば、「生活習慣病の予防運動(介護予防)」や、「健康寿命の増進」といった「スローガン」のもとに、一見ボランタリーな形で人々が「管理されつつ動員される」といった事態が発生する可能性が現在高まっているといえる。「福祉ミックス(システム化=ネットワーク化)」の構築過程においては、このような「ネオリベラリズム」の「自己責任=選択の自由」理念によるソフトな管理=回収というリスクが絶えず存在するのである。
【注】 
(注1) 『京極高宣著作集5 社会保障』京極高宣著 中央法規 2003年 p.311-312.
(注2) 前掲書 p.314-315.
(注3)『会社はこれからどうなるのか』岩井克人著 平凡社 2003年 p.314-321.
(注4) 前掲書p.317-318.
(注5)『経済学という教養』稲葉振一郎著 東洋経済新報社 2004年 p.281.
             【参考文献】
『京極高宣著作集5 社会保障』京極高宣著 中央法規 2003年
『当事者主権』中西正司・上野千鶴子著 岩波新書 2003年
『魂の労働 ネオリベラリズムの権力論』渋谷望著 青土社 2003年
『会社はこれからどうなるのか』岩井克人著 平凡社 2003年
『経済学という教養』稲葉振一郎著 東洋経済新報社 2004年
『新版社会福祉士養成講座1社会福祉原論』福祉士養成講座編集委員会 中央法規 2003年


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